俳句

H22年

 

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登山・スキー俳句に寄せて

これまで生きてきた時間を振り返ってみれば、いつも頭の隅にあるのは「故郷の山河の風景と「我が子への思い」である。我が子が15歳にして生命の危険に晒されたとき、私は修験者の如く山に登り「山神」に祈願し続けてきた。その後、私自身も40代半で肝臓がんを疑われ慌てたが、精密検査の結果は異状なしで安堵した。それを契機に私の生き方も変わり、「残された時間を大切に必死に生きることにしよう」と決めて、自分の自由なる時間とお金は「登山とスキー」へ投入するようになった。山行の踏み跡を確かなるものにするために、自然と対話しながら俳句を詠むようになった。その積み重ねで俳句は、登山やスキーの楽しみ方の裾野を広げてくれたばかりではなく、我が感性を磨く機会を与えてくれた。俳句ほどその後の人生を楽しませてくれたものはない。

   笠山峠〜笠山(H21.12.30)

小春日や橋より見ゆる遠嶺かな

今川焼おやつにと買うハイキング

冬枯れの川の寂しき流れかな

山里の段々畑みかん狩り

林道や路肩に落葉吹き溜まる

山清水意外に温し落葉降る

山透けて冬日射しこむ杉林

眠け来る山の陽だまり冬温し

年の瀬や出会う人なき峠道

霜解けて林道ぬかる轍跡

とうとう今年もあと一日を残すのみとなってしまった。正月まで山清水の汲みお置きが不足しそうなので、私が一人で笠山に汲みに行くことになった。槻川べりを走ると、何となく河岸の草も枯れて静けさの中に川の流れる音も聞こえてくるが、よわよわしい。山の集落は静まりかえり、明るく輝いているのは段々畑の蜜柑ばかり。登るにつれて林道の路肩に落葉が吹き溜まり、暖冬のせいか山風の強さがうかがえる。今日の天気は小春日で心地よい。山清水の水汲み場に着くも誰もいないのにはびっくり。今日は混んでいるのではと思っていたので拍子抜けしてしまう。水を汲んでから笠山に登るため笠山峠へと車を走らせた。峠には近くの笹山で模型飛行機を飛ばす人たちの車が4台ほど駐車していた。                    今日はカメラもペンも紙も持ってきていないので俳句を詠んでは何回も口ずさみ頭の中に書き込んでいく。10句ほどならなんとかメモしなくても覚えられるように、詠んだ場所を記憶していくような俳句にした。峠からは小一時間の登りで誰もいない山頂に立つ。直ぐ東へ進み笠山神社を訪れた。お願い事してから神社下にある景色のよい陽だまりで、目の前に広がる堂平山の景色を眺めながらお弁当を食べる。本当は登り残した北アルプスで、このような雰囲気を楽しみたいのだが、なかなか許される年齢ではなくなってしまった。笠山峠に下りた時に飛行機クラブの人達がいたので話をする。                                      笹山は模型飛行機のゲレンデになっており、クラブで地主から許可をもらって山頂付近の伐採をしたり、手入れをしているとのことだ。また、最近の模型飛行機の主流はラジコンではなく、風で飛ぶ飛行機が流行っているとか。楽しい会話を交わして別れたが、山で会う人には清々しい人が多い。かくして私の忘年山行は楽しく終わった。